動画 28 8月 97,066 リアクション

Jupiter structural layer cake

(出典: cakecrumbs.me)

引用 27 8月 287 リアクション
学校でどんな専門的なことを学んでも、デザインを他の活動に広くつなげる能力を持っていても、組織の中でどんな技術を使うかを決定する人間がそれを知らなかったり、否定的な立場をとったらどうしようもない。「学校で学んだ専門知識は役に立たない」ようにしているのはむしろ組織のほうであり、そのせいで学ぶ側も意識をそがれている。
引用 27 8月 104 リアクション
「正しい答えはどれか?」という問いをビジネスで出された場合、あわてて答えを出さずに、まず、“正しいとは、誰にとって(あるいは、どのモノサシにとって)の話だろうか?”と逆に自問すべきである。私たちは学校時代から「正解はどれですか」という出題に慣れすぎている。正解がただ一つだけあると、みな思い込みがちだ。だが、ふつうの社会には、望ましい答えが場面に応じて複数ある。なぜなら、企業活動はさまざまなトレードオフ関係で満ちているからだ。「短期的利益 vs. 長期的安定性」はその一例だし、「在庫低減・対・リードタイム短縮」もそうだ。いや、複雑な協働システムでは、トレードオフが本質的に付随すると言ってもいい。隠れたトレードオフを見抜けるかどうかが、マネジメントの能力として問われている。
引用 27 8月 972 リアクション
武道では「足が揃った状態」を「隙」と言う。
足が揃った状態にいると動線の選択肢が最小になるからである。
「隙がない」というのは、べつにがちがちにガードを固めているということではなくて、「次にどういう動線を選択するか予測できない」ということである。
引用 27 8月 1,083 リアクション

「よそ者、ばか者、若者」が

何かを変えるんだそうですよ。

引用 27 8月 438 リアクション
マスターキートンのアニメ版、何がすごいって「道が狭い」
何を言ってるかとお思いでしょうが、普通のアニメはレイアウトの都合上かなり広めに道を描いているのです(その方が楽)
でもちゃんと狭い道は狭く描いている。見慣れた日本の背景シーンになると良くわかります。
引用 27 8月 1,122 リアクション
4: おさかなくわえた名無しさん 2013/08/25(日) 14:20:03.00 ID:hiM5cliZ
結婚した従姉妹のAちゃん。
ダンナさんが、いい人でしっかり者で頼りがいがあって、なにより家族を大事にしてくれる。
子供が生まれても上手に子育てしてくれて、子供が進学すると、子供にまつわる役員なんかを積極的にがんぱってるとか。
計画的に貯金して、家を建て、子どもも私立の有名校に通ってる。
まさに理想の家庭という感じ。

それに比べて、知り合いのBちゃんは、最初の結婚に失敗して、
「元ダンナには苦労させられた、泣かされた」が口癖。
家のことも子供のことも知らん顔、給料も好きに使って貯金ナシ。
生活にも子育てにも困り果てて、こんなダンナならいないほうがマシってことで
離婚に踏み切ったらしい。

そんな対照的なAとBのダンナが同一人物だったことが、最近ビックリしたこと。
引用 27 8月 1,000 リアクション
ミスでも過失でも犯した人を10まで責めちゃいけない。8までにしておけばその人も面目を丸潰れにされないし謝罪して立ち直れる。つまり、あとの2で逃げ道を作ってやる。それが限度をわきまえるということだけど、今はすぐ限度までいっちゃうから世の中が息苦しい。この2を念頭に置こう。
引用 27 8月 445 リアクション
実験では、学生を整理整頓された部屋と散らかった部屋に分け「今までにない、新しいピンポン玉を作れ」というミッションを与えた。 すると、前者のグループは既存の枠組みから抜け出せず、アイディアを完成させることも出来なかった。それに対し、後者のグループは誰の目から見ても斬新なアイディアを思いついたのである。 この他にも、綺麗な部屋で過ごす人は伝統的なものを、散らかった部屋で過ごす人は最新のものを選ぶ傾向にあることが分かった。
引用 13 8月 1,298 リアクション

『高校生、大学生、20代とかで、「5万円分の経験」より、「5万円分の貯金」の方が価値があるなんて信じてたらヤバいって。どんだけ投資効率の悪いことしてるのか、周りの人がしっかり教えてあげるべき。』

 これは、さる高名なブロガーが、子供たちにお年玉を貯めこんでしまうことの愚を伝えるために発信した、一連のツイートのうちの一つだ。

 ブロガー氏の名誉のために補足しておけば、このツイートは、単に浪費を煽るための言葉ではない。
 ご本人が、そのブログの中で解説しているところによれば、真意は、以下に列挙するところにある。

・高校生にとっての5万円は夢のような経験を約束してくれる夢みたいな金額だ。
・同じ5万円が、たとえば40歳の人間にとっては、ちょっとぜいたくなディナーのための金額に過ぎなかったりする。
・ということは、5万円をいたずらに貯めこんだまま20年間遊ばせておくことは、夢の原資であったものを、日常的な小遣いにスケールダウンさせてしまうことに等しい。
・だから、若者は、今持っているお金を使って、どんどん積極的にあらゆることにチャレンジしなさい。

 とまあ、おっしゃりたいことは大変によくわかる。
 私も、半分ぐらいまでは賛成する。
 若い人間は、失敗を恐れずに、恥を顧みず、どんどん見知らぬ領域に自分の身を運んだ方が良い。のかもしれない。

 私がなんとなく賛成できないのは、ブロガー氏が、「5万円分の経験」というふうに、「経験」を金銭で計量可能な対象として描写している点だ。

 このデンで行くと、若い者にとって、金銭を費消しないタイプの経験は、彼らの経験値を高めないということになってしまう。

 でもまあ、この言い方は言いがかりかもしれない。
 だから、撤回しても良い。

 もうひとつ、こっちが本命だが、私は、経験を重ねることで人間が成長するという考え方に、実は、疑念を抱きはじめている。

引用 13 8月 99 リアクション

「自由に使える読書感想文」について

 読書嫌い製造マシーン、作文嫌い人間養成ギブスである読書感想文。これのせいで読書嫌いになった人間は数知れません。君のお父さんもお母さんも、そしておじいちゃんおばあちゃんも、夏休みの宿題、読書感想文には泣かされました。

 なぜならば、読書感想文の書き方の指導といえば、「思った通りに書きなさい」の一言。センセイのご指導のを忠実に守り、思った通りに書いたら「これは感 想文ではない」とクレームをつけられて再提出……。書き方は教えてくださらない、見本も示ししてくださらない、だけど文句けは一人前に言ってくださる、そ う、理不尽の極み、それが読書感想文なのです。

 そこで悩める児童・生徒諸君のために、学校提出用に限り自由に使える読書感想文をホームページで公開することにしました。これをそのまま書き写すのもOK。少しアレンジして、オリジナル(もどき)の読書感想文に作りかえることもOKです。

「自由に使える読書感想文」使用条件

  • コンクール・コンテスト等の応募には使用しないこと。
  • 学校提出用に限り著作権フリー、そのまま使ってもいいし、手を加えるのもOKとします。
  • パクリ・コピペがばれても、自己責任(悪いのは自分)とし、センセイに思いっきりしかられること。
  • パクリ・コピペがばれるかどうか不安ならば使用しないこと。
  • パクリがばれそうになったら「これはオリジナルだ!」と最後まで言い張る根性を見せること。
  • 他のホームページに転載しないこと。
  • 他のホームページから読書感想文へ直リンしないこと。
  • 「読書感想文」から解放された時間で夏休みのすてきな思い出を作ること。

【!警告!】

パクリ・コピペがばれて問題になっても当サイトは一切の責任を負いません。 評価担当のセンセイがパソコンを使いこなしている場合、 使用にあたっては十分な注意が必要です。 評価担当のセンセイを普段から観察するのはすごく大切です。

引用 10 8月 4,338 リアクション

今日、行きつけのお店で同じ店の常連さんに「絵画展になんで絵を見に行くかわからない」と言われました。

曰く、「写真で見たって、ネットで見たって一緒じゃないか。ましてや、それを高い金出して買うなんて、本当にわからない。その辺、絵画好きな人に聞いてみたいので教えてほしい」というわけです。

別に絵画大好きということもないし、絵画を購入したこともない私になんで聞くのかよくわからなかったのですが、相手もまだ若い方だし、あまり真剣に聞くもので、私も真面目に答えたものです。

「絵画には筆致(タッチ)というものがある。長い時間をかけて画家が描き、またそれ以上に長い時間をかけて今に伝わる絵画はまさに生き物。写真では、その生きザマがよく見えない。絵画を見るなら写真で充分だが、絵画を感じようと思えば、やはり生で鑑賞したい。それと、絵画は時の経過と共に価値の下がらない稀な投資物件でもある。所有するステータスと共に、ノブレスオブリージュの意識の高い欧米では、富裕層が絵画を所有し守ることが文化財保護の仕組みにもなっている」というような説明をしました。

一通り説明したはずですが、相手の方は納得しません。

「見ることと満足を感じることは手段と結果で同じ線上だ。絵を見て満足するなら、それがコピーでもいいはずだ。投資というなら、もっといい投資がある。文化財保護っていうが、結局は物欲の結果であって奇麗事だ。やっぱり絵画の現物をありがたがる気持ちがわからない。言葉は悪いが、スノップの言い訳としか思えない」と食い下がります。

私もどこかでおかしいなと思いながら、返答します。

「現実に本物を見ればわかるが、現物と写真とではまったく色の深みが違う。理屈にはしにくいが、存在感と言ってもいい。投資というのは目利きが大切だから、絵が好きな人が絵画を投資の対象にするのは極めて安全な選択でもある。金の使い道を持て余す富裕層の所有欲を利用することで文化財が保護できるシステムは実利的だ。それがどのような動機であれ、現実に絵画は人々にありがたがられる存在に違いない」と説明しつつ、だんだん私が絵画愛好家の代弁者になっていくさまに、いささかアホらしさを感じました。

結局、アホらしいと思った私の方から、「あなたが絵画の価値に納得していなくとも、絵画に価値があることに変わりがない。あなたがわからない価値だからといって、価値がないわけではない。ただ、あなたが価値を見つけられないだけかもしれない。だから、わからないと思う価値に出会ったら、人に聞く前になにがいいのか価値を探してみたらいいと思う。あなたがわからない価値であっても、他の人には大切なものかもしれないので、くれぐれもそれを踏みつけにしないように」と話を切り上げました。

相手の彼は、それでも「私を納得させられない程度の価値に、絶対的な価値があるとは言えない。誰かの価値観を踏みつけにしているつもりはない。ただ、私は私にわからないものが存在したままなのが嫌いだ。そう言わずぜひこのまま議論してほしい」とがんばっていました。もう充分彼の質問の意図が見えた後でしたので、私はそれ以上その話題には乗りませんでした。

こうなっては、「わからないと言う以上は、わかりようがない」

それが彼へのただひとつの答えだと思ったのです。

結局、彼の質問は「○○がわからないから教えてほしい」と言いながら、「○○をありがたがるなんて、気が知れない」と言いたいだけなのでしょう。

「教えてくれ」と言いながら、すでに「んなもん気が知れんわ」という答えは心の中に確固として存在しているのです。ですから、聞かれた方がいくら言葉を尽くして説明しても「なるほど!」という答えが返るはずがありません。

それは、「議論しよう」と持ちかけながら、その実は論争を楽しもうとする姿なのです。

相手が自身の価値観に揺らぎを見せれば、折伏した勝利者としての自らに満足し、相手が言いよどめば、相手に無知の知を知らしめた自らに満足し、相手が激すれば、なお冷静な論理を紡ぐ自らに満足し、相手が降りれば、ゆるぎなき鉄の価値観を持つ自らに満足するというわけです。テーゼとアンチテーゼから昇華したなにかを得ようとする姿を借りながら、相手の答えが曲がらないかぎりは自らの答えをけして曲げる気がない、堂々巡りの価値観の剣闘です。

そんなことを思いながら、「わからない。なぜ?」と聞く前に、本当に自分にその答えを聞く気があるのか、そこを自問自答したいものだとじっと手を見ました。

具体的に話題にした彼には申し訳ないのですが、今年に入ってそういう問答が何度も私の身に降りかかったもので、いい機会と記事にしました。

「いい大人が、アニメやゲームやフィギュアになぜあんなに熱中するものか、わからない」というような、理性の皮を被ったオタク叩きの記事を見るにつけ、私は思います。

「本当はわかってるくせに。そんなことわかりたくもないと思ってるってこと」

引用 10 8月 301 リアクション

2ヶ月ほど前に受け取った質問はGoogleに関するものでした。「世界のデジタル情報がすべてパンチカードに記録されていたなら、Googleの倉庫はどれくらいの大きさになるか?」Googleはその運営の中身についてはすごく秘密主義で、Googleが実際どれだけのデータを持っているのか、データセンターがいくつあるのか誰も知りません。Googleで働いている人を別にすると。私は彼らに会って聞き出そうと試みたこともありますが、何も明かしてくれません。それで自分で解くことにしました。私が目を向けたものがいくつかありますが、まずお金から始めました。上場企業はどれだけ支出したか明かさなければならないので、それがデータセンターをどれだけ作れるか上限を定めることになります。大きなデータセンターにはお金がかかるからです。

世界のハードディスク売上げに占める割合から上限を定めることもできます。実はこれがかなり大きなものになります。どこかで読んだんですが、Googleでは1、2分に1度ディスク障害が起き、そうするとそのディスクは捨て新しいのと入れ替えるそうで、大量のハードディスクを消費することになります。だからお金に目を向けることでどれほどのデータセンターを持っているか見当を付けられます。

電力もヒントを与えてくれます。Googleはどれだけの電力を必要としているか?サーバーを動かすには電気が必要だからです。Googleがよそよりも効率的にやっているにしても、基本的に必要になる量というのがあり、それがGoogleの持つサーバーの数を限定することになります。

データセンターの面積に目を向けることもできます。データセンターは一般にどれくらいの広さがあって、どれだけのサーバーラックがその中に収まるのか?あるデータセンターについては2つの情報が同時に手に入ります。どれだけ出費しているかに加え、たとえば電力を得るために自治体との契約が必要なことから取引内容がわかって、電力所要もわかるかるかもしれません。

それらの数字の比率を見ることで、そういうデータのないデータセンターについても見当をつけられます。一方の広さだけ分かるという時、電力と面積が比例するなら、電力消費量も分かります。同様のことを他の多くの量についても行えます。ディスク容量の合計、サーバーの台数、サーバー当たりのディスクの数。知っていることを元にモデルを作って、分からない数字の範囲を絞り込むことができます。知ろうとしている数字の周りを取り巻く感じです。これは楽しいです。使う数学はそんなに高度なものではありません。数独を解くのとそう変わりません。

私がやったのは、こういった情報を1日か2日かけて調べ上げるということでした。検討しなかったものもあります。Googleが出す採用広告に目を向けることもできたでしょう。それで人がどこで働いているのか分かります。データセンターを訪れた人が携帯で写真を撮って投稿することがあります。すべきことではないかもしれませんが、そこからハードウェアについて知ることができます。宅配ピザの運転手に目を向けるといいかしれません。彼らはデータセンターがどこにあるか知っているでしょう。少なくとも有人のところは。

何にせよ私は数字をはじき出し、それについては結構自信がありましたが、Google全体で使われているデータは約10エクサバイトで、それとは別にたぶん5エクサバイトくらいのデータがテープとして保存されているでしょう。Googleは世界最大のテープストレージ消費者なんです。数字の見積もりが出ましたが、ものすごい量のデータです。我々の知る限り世界の他のどの組織よりもずっと多くのデータを持っています。他にも多量のデータを持つところはあり、みんなが考えるのはNSAのことでしょう。しかし同様の方法で見積もってみると、データセンターから見当が付きますが、中で何が行われているのかは分からないにせよ、NSAの運用するデータがGoogleほどの規模でないことは明らかです。

これらすべてをまとめて最初の質問に答えることができます。どれだけのパンチカードが必要か?パンチカード1枚には80字記録できます。1箱に2千枚くらい入るとして、それをたとえば私の住むニューイングランド地方に運んだとしたら、地域全体を覆いつくし、その厚さは5キロ近くになります。2万年前の最後の氷河期にこの場所を覆っていた氷河の3倍の厚みです。あまり現実的な話ではありませんが、これが私に出せた最高の答えだったと思います。それでウェブサイトにその答えと説明を書きました。Googleから返事があるとは思っていませんでした。彼らは秘密主義で、私の質問に答えてくれなかったので。私はただこの答えを挙げて、正しいかなんて誰にも分からないと書き添えました。

ところがそれから2週間くらいしてメッセージを受け取りました。こちらの人間から君に渡したい封筒があると。それで私は受け取りに行って開けてみると、中身はパンチカードでした。(笑) Googleのロゴの入ったパンチカードです。そのパンチカードにはたくさんの穴が開いていました。私はありがとうと礼を言って、何が書かれているんだろうと思いました。ソフトを使って読み込んでみると、カードの中身はパズルでした。たくさんの暗号です。友達の助けを借りて暗号解読をすると、その中にさらに別の暗号があり、ある方程式があって、方程式を解くと、最後にGoogleからのメッセージが現れました。私の記事に対する公式の回答です。それは「ノーコメント」でした。(笑)(拍手)

画像 9 8月 301 リアクション dazy:
グレア錯視が生み出す「明るさや輝き」を感じさせる写真や絵画の秘密!? | 雑学界の権威・平林純の考える科学
グレア錯視というのは、たとえば、暗い背景の中に明るい部分が明るい領域があり、その境界に明るさや色のグラデーションが存在していると、明るい部分をより明るく・眩しく感じる、という特性です。
たとえば、下の画像を眺めてみると、左画像の中央にある白い部が(右のグラデーションがない画像の中央白い部分より)明るく・眩しく感じられるはずです。これが、グレア錯視です。
……
そしてまた、白いキャンパスの上に光り輝くものを描こうとした時には、軽く色や明るさで眺めるときにも色や明るさでグラデーションを付けると、白のキャンパスや白の油絵の具以上の明るさや輝きを表現することができます。…覚えておくと、これからあなたの表現力を豊かにするワザになるかもしれません。

dazy:

グレア錯視が生み出す「明るさや輝き」を感じさせる写真や絵画の秘密!? | 雑学界の権威・平林純の考える科学

グレア錯視というのは、たとえば、暗い背景の中に明るい部分が明るい領域があり、その境界に明るさや色のグラデーションが存在していると、明るい部分をより明るく・眩しく感じる、という特性です。

たとえば、下の画像を眺めてみると、左画像の中央にある白い部が(右のグラデーションがない画像の中央白い部分より)明るく・眩しく感じられるはずです。これが、グレア錯視です。

……

そしてまた、白いキャンパスの上に光り輝くものを描こうとした時には、軽く色や明るさで眺めるときにも色や明るさでグラデーションを付けると、白のキャンパスや白の油絵の具以上の明るさや輝きを表現することができます。…覚えておくと、これからあなたの表現力を豊かにするワザになるかもしれません。

画像 9 8月 371 リアクション nise3kawan:

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【tumblr特命係】

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